平成の毒婦に学ぶ結婚方法
木嶋佳苗被告、私は彼女についての書籍を見た時、衝撃を受けました。
2009年に「婚カツ詐欺」で連続殺人の容疑で逮捕された人です。
まずは彼女について書かれた書籍を表紙だけでもご覧いただければと思います。
何人もの男性からお金をまきあげて挙句殺してしまう。
そんな魔性の女性ならどんな美女だろう、と思うのが普通です。
しかし、自らを棚に上げて恐縮ではあるのですが、どうみても商業的に売れるビジュアルではない。というか、美人ではないです。
いや表現がまだるっこしいですね、ぶっちゃけデブでブスです。
それなのに、数十万~数千万もの金を振り込ませているのです。
しかも、彼らは少なくとも暴力や何かで脅されているわけでもない。
私は長年の疑問に答えを得たような気がしました。
「容姿は恋愛には必須じゃないんだ!」
おかしいと思ってたんです。
男性というのは、多少髪切ろうがつけまつけようがネイルしようがわりと気づきません。
人がダイエットしてると「そんなに痩せなくてもいいんじゃない?」と言います。
そして、すっぴんでボロボロの会社の制服着てようが、数百円の服で(ちなみに私は普段着はユニクロでも高いと思うタイプです)歩いてようがナンパされる時はされるんです(三十路すぎてもです)。
少なくともアイドルのような商業的にビジュアルが求められる職種はともかくとして、男性にモテる、あるいは結婚するためにはファッションに気を配るのは全くの無駄なのです。よほど奇抜なかっこうでなければ問題ないのです。
私は彼女の裁判記から、どのような手口を使ったのか私なりに分析してみました。
そして彼女が、徹頭徹尾男性に対して全くの情を挟まず、まるで有能なプロジェクトをこなすように一貫したやり方をしていたのを発見しました。
お金のありそうで(そして婚活サイトで紹介ページ等の見せ方が下手でなかなかうまく行っていなさそうな)相手を複数見つけ、初めのメールから結婚と、そして金の事を匂わせ大量のメールで判断を鈍らせる。
最初の時点ですでに金を匂わせるのもコツと言ってもいいですね。後から言われたら
約束が違うと男性は怒りますが、初めから言われてれば、まして結婚というのは大なり小なり女性側の経済負担を男性が担う、という不文律があるだけに「代償」として認めやすい。
そして介護の仕事をしていると話し、手料理をふるまうことで(この料理の学校の学費、というのがお金を払わせる名目ともなります)で「この女は(金を払えば)すぐ結婚してくれてしかもいい嫁になる」と錯覚させるのです。
ついでといっては何ですが、肉体関係については、これは相手を見てありかなしかを判断する独自の基準があったようです。
早めに体を許すほうが信頼できるのか、それとも警戒されてしまうのか。
これは彼女は経験則で見極めてたのでしょう。個人的には結婚を目的とするならば相手が言いだすまで女性から誘う必要はないと感じますが。
詐欺という短期決戦の行動においては早めに展開を進めたい都合も含めて判断していたようです。
この経験則、というのはどうも彼女の「高級娼婦」としての経験が物を言っているようです。私のリーディング能力から透けて見えるのは、第2の前のチャクラが異様に活性化している事。元々の才覚で(たぶん本人は意識していないと思いますが)「房中術」が使えてたかもしれません。彼女の「売れっ娘」ぶりにその片鱗が伺えます。人気の理由が単に肉体の構造的なものでは説明がつかないのです。房中術は、使用される側、つまり精気を抜き取られる側はかなり気持ちいいらしく、しかも抜き取りすぎると依存症のような状態になるそうです。その状況に酷似しています。
おそらく相手の男性は婚活サイトでなかなかうまく相手が見つからない事に劣等感といら立ちを持っているところに、お金さえあればそれが一気に解決できる、というウィークポイントを巧妙につかれてついお金を払い、代償を払ったのでもうすぐ叶うはずの結婚を夢見て、そして殺されてしまったのでしょう。
上記の事を実践できるならば、きっと結婚はたやすいでしょう。アプローチする人間がせいぜい2、3人程度ならばもう少し自分の好みにこだわってもおそらく平気でしょう。ただし私としては、この手段はむやみやたらに取ってもらいたくない。
なぜならば、上記の方法は愛がなくても結婚できてしまうから。
条件しか見ていない、愛のない結婚につながりかねません。
さらに、この方法を使いお金をまきあげ、裕福な生活をしていたはずの木嶋佳苗被告が、ちっとも幸せそうでなく、もっとも欲しい物は手に入れられず、さらに癒えざる心の傷があるのが裁判傍聴記から透けて見えるのです。
木嶋佳苗被告は、男性がおそらく好きではないどころか憎悪しているのでしょう。
だからこそ、殺すことができたのです。詐欺だけならば逃げてしまえばいいものを、あえて殺したのです。
そこに明確に殺意があります。好んでお金をくれた相手に向けるほどの憎悪です。
そして、金銭目的でない恋人(複数いたようです)と長年交際していても結婚に至らなかったのは、「結婚」というものの制度そのものが嫌だったから。
なぜならば、自分の育った家庭のようになりたくないから。相手の条件に係わらずどうしても幸せな未来が思い描けない。
本能的な憎悪、感覚的な拒否感。
これこそが、トラウマがある、あるいはインナーチャイルドが傷ついている証左なのです。
詳細は割愛させていただきますが毒婦。
木嶋佳苗100日裁判傍聴記を読む限り、木嶋佳苗被告の父親も母親もどこかバランスを欠いている印象を受けます。
木嶋佳苗被告は、自らのトラウマに向き合うことなく生きるとどうなるかの一つの貴重なケースだと思います。無論トラウマがあるなら殺人は許される、というつもりはないですが。
ただこの状況に至るまでに回避できる道が、ひょっとしたらあったのではないか…そんな気がしなくもありません。
というわけで結婚の仕方を一つご紹介したのですが、いかがでしょう?
私としてはこんなに大変な労力で冷徹に相手に接せねばならないのならば、結婚というものは人生に必須なものではないと思うのですが。