私は一人でいるのが好きです。
趣味にはまり込むとメールとか電話とか全然平気でほっぽるくらいなので、始終誰かがそばにいるという状況だったりメールを速攻で返さねばならないというのは、家族でも耐えられません。一人暮らしを始めたとき、まさしく本当に自分の人生を歩み始めたのだ、と実感したくらいです。別にメールの返事がきたりこなかったりくらいでおたおた騒ぐような人間関係は私は築いていません。同種の人間しか集まりません。
が、世の中には『恋人と連絡がとれないと不安』『浮気でもしてるんじゃないか?』とお疑いになる方がいらっしゃいます。
相手の言葉を代弁するならば『ほっといて』ください。
だれしもがコミュニケーション好き、人といるのが好きなわけじゃないんです。外はともかく、家の中くらい装わせないでください。私の場合、根幹はコミュ障のオタクなのです。私にかぎらず、世の中を回していくためのスキルとしての人当りよい対応を覚えている、という方は案外多いものです。単純に相手の都合で返ってこないことが大多数なので、気にしないでください(もしくはメール送りすぎている自覚があるならば間違いなくそれです…やっぱり物理で控えてください)
確かに、相手からの連絡がこないとめちゃくちゃ不安である、というのは過去私にもあったのでわかります。いてもたってもいられないですよね?苦しくて悲しくて、メール来ないからさらに送って自己嫌悪になっちゃうんですよね?
しかしこれ、ぶっちゃけトラウマです、共依存です。わかりやすく親子関係です。もはやハイアーセルフから情報を得たり、オーラ見るまでもありません。『連絡つかないといてもたってもいられない』というところが、まともではないのです、自覚してください。見捨てられ不安です。
こういう方は、恋愛と共依存がはっきりと区別がついていない方なので、いくら恋愛を求めていても所詮恋愛ではないので、たいがい望む幸せにはたどりつけません。飢えているものを癒すことはできません。
でも、『ソウルメイトと一緒になれば私も幸せ』とか、『真に愛する人と結婚できれば幸せ』とか、思い込んでいる方がけっこういらっしゃいます。
…あのですね、私過去世でソウルメイトぶっ殺してます(まあ殺そうと思って殺したわけじゃなくて事故のような状況ではありましたが)。ソウルメイトとの関係が至高、というならば相手にとって私は至高どころか殺人者です。敵みたいなもんです。
まあこれは私の特殊な(本当はそうでもないんですけどもね)ケースではありますが、恋愛が至高ならば、恋人や結婚しているのに満たされない、ってなんかおかしくないですか?
人間って、恋愛している期間って人生全体からしたら少ないほうですよ。
乳幼児ですと幼稚園で○○ちゃん好きーとか、パパと将来結婚するー、なんていうのはありますが当然これは恋愛とは違いますよね。
10~20代は恋愛するとしても、平均的には30代くらいまでで結婚します。当然、結婚したら外の方に恋愛しないですよね?だって結婚相手は、あなたのソウルメイトなんですよね?恋愛は至高であり、そのあなたが選んだ相手なんですものね?恋愛が至高でない方が生活の安定や諸事情で結婚するのはそれはそれで人生です。パートナーに愛情を感じていなくても当然ですけども(そして今回はそれを糾弾する記事ではありません)
人生80年として、残りの40年、恋愛なんかとは無縁なはずですよね?子供だって育てないとならないし、恋愛感情なんてせいぜい3年もすればなくなってきます。それにぶっちゃけ、男性機能も衰えてきますよ。セックスなんか回数が減るか、セックスレスになりますよ。だってそれは仕方ないです。誰もかれも、環境に慣れるのは当たり前だし年は取るのです。
恋愛が至高であるというのならば、残り40年、何をして暮らすんですか?
…お分かりですね、不倫が多いのはこんなからくりなのです。結婚生活で恋愛感情というものはなくなるから、でも恋愛が至高である、という価値観が捨てられないから外に求めてるのです。
恋愛が至高、という価値観はメディアの戦略です。カネを消費してもらわないと困るからです。その恋愛さえも、簡単に世の趨勢で変わるものです。
確かに、私も今まで出会った人の中で、友情を超えた愛情を感じた異性というのは確かにいます。
でも、彼ら全員に性欲が沸き起こるか、つきあったりセックスしたりしたいか、というとそうでもないのです。ただその人となりを感じていたい。もっとずっと、ただ話していたい。見た目なんかどうでもいい、いくら痩せてようが太っていようが関係ない、その人とコミュニケーションを取っているのが楽しい。そういう人間は、同性異性に限らず、確かに人生に存在していて、そしてそういう人間こそがソウルメイトだと、私は確信しています。
見た目や身分や立場なんかどうでもよくて、ただその存在を称賛している、若かろうが老いていようが愛おしい。
相手と自分とにそういうパートナーシップが組めるのであれば、『恋』愛というカテゴリーに相手を無理やり押し込むほうが違和感を感じるくらいです。
ね、ちょっと恋愛というものをわきに置いて、自分の周囲の人間を見てみませんか?