自己表現とトラウマ
結婚って、ちょっと前まで私にとっては内心鳥肌が立つほど嫌いな言葉でした。
あと子供、もそれに匹敵するクラスで嫌いなものでした。
今は別にそうでもありません。
ああ結婚そうなのーおめでとうー(私はしないけど)、
子供が産まれたのーおめでとうー(私は以下略)、といった具合で個人的な思想信条は含むことなく人間関係流しています(流してんのかよ!)。
なぜこういう具合に方向転換できたのか、というと、私自身が親から受けた虐待やらトラウマやらで、家庭というものは不幸なもの、子供というのは忌まわしいもの(もちろん表向きではそうではありませんが、私が見てきたもの、という意味です)というブロックを外す事が出来たからです。
今は結婚・出産というものに対してはメリット・デメリットがある上で自己責任でよく考えてねー、というスタンスです。ちなみに私自身にとってはどうかというと、まだ自分のため「だけ」に生きたい、と考えているので現状はナシ、という結論です。まあそう言って人生全てを過ごすかもしれませんけども。
トラウマやらブロックやら(ぶっちゃけ呼び方はどうでもいい)が、自分の中にあると、衝動としてそれをアピールしたくてたまりません。
『これはこういうものなの!絶対に譲れない!』という思いがあってもいいんですが、『正しい事を言っているはずなのに、なぜか周囲とうまくいかない…』という事があれば、ひょっとしたらそれは魂からの学びではなく、ブロックやトラウマであるかもしれません。
どうしたらそれを見つけられるか、というと、やっぱり人と話すのが一番です。自己分析でもいいですが、他人の目の方が容赦ありません。
身近な人間関係を壊したくない、という恐れがある場合は今はネットといういいものがあるので、匿名で相談してみるのもいいでしょう。ただし、この場合は身元につながるもの以外はきちんと正直に話す事が必要ですが。面白半分で適当に返す人間もいますが、真面目に答えてくれる人もいます。
いくつか誰かからの答えを重ねていくうちに、客観的に自分というものが見えてきます。