暗殺教室に見る世相

※この記事はマンガ「暗殺教室」に対してのストーリー上のネタバレがございます。1~6巻および連載をご覧になっていない方はご注意ください。 

 

 

 

 

 

先日、こちらのマンガの最新刊が発売となりました(6巻が最新刊です)。

私としたことがうっかりしてました…今めちゃめちゃ面白いマンガです。

なんでもジャンプコミックス初で初版で100万部だそうで。

詳しくはこちらをご覧いただければと思います。(2013/10/5現在、1巻の電子書籍がAmazon等で無料で読めるようです)

 

大まかにどんな物語か説明しますと、中学3年生のとあるクラス(E組)に、謎の新生物が突然「担任」としてやってきて、しかも担任である1年間の間に殺さなくてはならない、ただし殺した者には賞金100億、というかなり飛ばした設定となります。

 

しかし、私はこの作品、かなり今の世相を忠実に表していると感じています。まさに今の若年層の諦念や、陥りやすい心理的罠、そういったものを非常に分かりやすく表現しているのです。

以下、いくつか作品画像を交えてご説明したいと思います。尚、画像は全て1~6巻より引用となっております。

 

まず中学3年生のクラス(E組)、と記しましたが、普通のクラスではありません。名門校…ではあるのですがその中で意図的に差別される層のクラスなのです。生徒間での差別ではなく、学校側が初めからそう設定して仕向けているのです(画像に表示はありませんが、入学時に誓約書にサインして同意しているそうです)。

「意図的」に被差別者を作り、そしてその差別される側も差別を受け入れてしまっている。

 

この構図は、ともすれば「いじめ」でもあり正しいことを言ってしまえば良くない行為ではあります。しかし現実には、そのメリットを優先するあまりその状況を作り出す、もしくは積極的に作らなくても黙認、あるいは見ぬふりで加担してしまっている。そんな状況ありますよね?リストラなんかいい例です。

 

そして、今の若者は、社会的には年上や目上の者にはあまり逆らえません。これは別に覇気がないのではなく、「目上に逆らう事は良くない事」という刷り込みが徹底的にされているからというのが大きいです。そんな事を言おうものなら「なんという性格の悪い人間」とガンガン攻撃されます。

 

だから支配も受け入れてしまう。理由は様々であってもこの学校はそんな社会の縮図を表現しているのです。

 

しかし、だからと言って彼らが諦めてしまっているかというとそうでもないのです。本当は、心の中では理不尽な支配に納得などいっていない。でもその意思は少しでも表現しようものなら、ネガティブなものとして徹底的に排除されてします。でも、魂の自分はそれを表現したいのです。

 

ある意味当たり前ですよね。ネガとポジ、愛情と憎しみ、良い面悪い面持っているのが人間であり、持っている事を自覚した上でどう社会性を持って生活していくか、が本来の教育なのに、初めからネガティブ面を否定される。どこまで行っても親や先生に自分の全ては認めてもらえないのです。そして認めてもらいたいからこそ自分自身でもネガティブな面を必死で消そうとする。しかしそんな事は絶対に不可能です。ここにジレンマが生まれます。あるいはそれが進めば閉塞感や絶望に繋がります。

 

そのジレンマを解消するのが、この「殺してもいい(殺さなくてはいけない)担任」。

なんせ「殺す」という行為がどう言いつくろってもネガティブです。しかし、この「暗殺教室」の世界ではこの先生を殺さないと地球が滅亡してしまうというとんでもない危機、超法規的措置なんでしょうが、究極のネガティブな感情である「殺意」を持つことを許されているのです(ついでにいうと、この担任の見た目が人間に見えないのも殺意のハードルを下げるのに一役買っています)。

 

ここに、現代の若年層のカタルシスがあるから、このマンガは面白いのです。

さらに、それだけで終わらないのがこの作品のすごいところ。

この暗殺対象である担任(殺せんせー)が、その生徒の殺意すらきちんと真っ向から受け止めているのです。つまりはポジもネガも、いい面も悪い面もまさしく受け止めてくれているのです。

さらにさらに、この作品はこれだけに終わらず、私が普段その危険性を表現したくて悶絶している「親からの支配」がいかに子供に対して甚大な悪影響を及ぼすか、「共依存」がいかに危険か、というのもわずか数ページでしかも面白く(興味深く)表現してしまっています。

 

さすがにプロ、と分かってはいるのですが私自身も表現者の端くれ、数百、数千字書いてもなかなか危機感が伝わらないのに数ページでいとも簡潔に表現されていて正直悔しいです(笑)

 

いつまでも悔しがっていてもしょうがないので、まず親の支配というものがどのように恐ろしいものか、以下のページでご覧下さい。

幼少期のごく初期からこの「恐怖」に叩かれた者は逆らう気力など根こそぎ折られます。それがどれだけ恐ろしいものか、おわかりいただけますでしょうか。

 

親子間だけではないですね。いわゆるDVも、構造は全く同じです。愛情ゆえにではなく、恐怖ゆえに与えられる「親愛」に泣くほど喜び、恐怖ゆえにおびえて殴る相手の元に帰ろうとし、帰り、身も心もボロボロになるか最悪死亡します。

 

私はこの作品のこの描写が、少年ジャンプという若い層を中心とした雑誌に掲載してくれて、かなりホッとしています。小難しい理論は分からなくても、「支配」というものの危険性を分かりやすく伝えているのです。今現在リアルタイムで虐待されている子供にも、ひょっとしたら「これは自分の事かもしれない」と届くかもしれませんし。

 

またもう一つのテーマ、「共依存」についてもとてもいい表現をしたページがあります。

一見するとよくある話ではあります。ありますがこれを「共依存」である、と表現している事が大きいのです。

 

この紙芝居だと、厳密には(経済的+暴力の)DVとコンボであり殴られる部分は「恐怖」であると言えなくもないですが、問題の根幹はやはり「依存される事に依存してしまう」というところでしょう。

この共依存状態も、腹を据えて脱却せねばならぬ、大変恐ろしいものであるとここでも特に分かりやすく表現しています。

 

というわけで、やっとこまとめに入りますが、つまりは「暗殺教室」という作品は、これほどまでに的確に現代の世相を映しこんで、なおかつその渇望を昇華する展開へとつながっていきます。

そして、人間にはポジティブとネガティブ、両面があり、それは否定しても否定できるものではなく、それを抱えながら生きるのが人間である。それをゆがめる教育や世間がいびつに歪んでおかしいのだ、という自覚こそが全ての人間に必要な事なのです。

 

 

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